2009年08月21日

元興寺塔跡

2006/10/28の奈良市の元興寺訪問記 その1


元興寺塔跡の碑
上の写真は元興寺塔跡の石碑の写真


元興寺は、蘇我馬子によって建立された本邦初の本格寺院・法興寺(飛鳥)の後身です。

平城京遷都にあたり、法興寺も移転するという話になり、奈良の都に元興寺が建てられました。ちなみに移転元の法興寺も廃止されることはありませんでした。ゆえに「元興寺」という新しい名前が付けられています。(飛鳥の法興寺の方は現在の飛鳥寺まで続いています。)

この元興寺、その後も波乱に満ちた歴史の流れの影響を受けてきました。
平安時代には既に退廃しつつあり、室町時代には土一揆に巻き込まれて多くの建造物や寺宝が焼けてしまいます。
そしてこの室町時代あたりで、元興寺は3つに分裂。
つまり、
・元興寺・極楽院(現在の元興寺・極楽坊)
・元興寺・観音堂
・元興寺・小塔院
に分かれてしまいます。

今回紹介するのは元興寺・観音堂になった五重塔跡です。
(極楽坊についてはまた次の機会に紹介します)

すでに上に挙げている写真は元興寺・観音堂にある五重塔跡の石碑です。江戸末期に観音堂の建物もろとも消失していました。

元興寺塔跡の礎石
上の写真は元興寺塔跡の礎石の写真


興福寺五重塔よりも大きかったものの、焼けてしまい再建もされていないため、このように礎石が残るのみとなっています。往時を偲ぶのみです。
ちなみに元興寺・観音堂所有の国宝・薬師如来立像などの文化財は奈良国立博物館に寄託しています。

■地図と行き方
奈良公園の南部に位置し、近鉄奈良駅から徒歩10分ほどで到着します。


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posted by アイナット at 12:48 | Comment(0) | 奈良 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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