2009年08月13日

奈良市の西大寺

2006/10/14に、奈良市にある西大寺の訪問した際の記事。


西大寺
上の写真は西大寺の写真



近鉄西大寺駅前、駅の名前にもなっている西大寺を見てきた。西大寺は元々は奈良時代に南都七大寺(他に興福寺、東大寺、薬師寺、元興寺、大安寺、法隆寺)の一つとして創建されたものである。
訪問時は、対極に位置する、超が付くほど世界的にも有名な東大寺と異なりひっそりした雰囲気であった。もっともこのときは特別拝観直前の時期だったからかもしれない。お陰で秘仏などは見ることが出来なかったが、それでも重要文化財クラスは複数あり、素人目には特に獅子に乗った文殊菩薩騎獅像が面白く思えた。

ちなみにここは京都の大徳寺みたいなもんで、1つの建物に入る度に拝観料が必要であるので注意。セット価格もあるが2割引程度で1000円弱だったような気がする。

それにしても、この西大寺、駅は有名なのだが、寺院はマイナーである。こんなに便利な場所に立地していて多数の国宝を有するなど非常に見所も多いのにどうしてなのだろうか。

■地図と行き方
奈良は当然として、大阪京都からも非常に便利な近鉄・大和西大寺駅から徒歩数分である。


↓ブログランキングに参加中。クリック頂けると、とても励みになります。↓
にほんブログ村 旅行ブログへ 人気ブログランキングへ
posted by アイナット at 11:56 | Comment(0) | 奈良 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月12日

長岡宮を訪問(首都制覇計画)

2006/11/03の京都府向日市にある長岡宮跡の訪問記。


長岡宮大極殿跡地
上の写真は長岡宮大極殿跡地の写真



首都制覇計画とは、平安京、平城京など過去に日本の首都だったところを全て訪問する計画である。
今回は長岡宮跡を訪問すべく京都府向日市に出かけたわけだ。

長岡京市ではないのか? という疑問に答えておくと、確かに長岡京は現在の向日市および長岡京市のエリアに広がっていたが、その中心たる長岡宮となると、全て向日市ということになるのだ。

長岡宮跡 その2
上の写真は長岡宮の写真2


長岡宮跡 その3
上の写真は長岡宮の写真3


長岡宮跡 その4
上の写真は長岡宮の写真4



向日市内の住宅街にあることもあり、現在の長岡宮跡地は政治の中心であった大極殿跡の大極殿公園を中心にして、分散して点在する形をとっている。上記に挙げた写真も1箇所ではなく、近隣に分散している。
このあたりが現在の市街地における遺跡の限界点なのであろう。既に住宅地となっていてはどうにもならない。遺跡は田舎の方が大規模に整備しやすいのである。


ところで長岡京は、784年の桓武天皇の治世中に藤原種継が中心となって平城京から遷都を行った都だ。
父親で老いた状態で皇位継承した光仁天皇の時代より天智天皇系に切り替わっていた天皇家であったが、やはり天武天皇系の勢力が数多く残る平城京では様々な利権勢力との軋轢も生じていたのだろう。桓武天皇と藤原種継は平城京を捨てることを思い立ったに違いない。
ところがその藤原種継が暗殺されてしまい、結局桓武天皇は794年に平安京へ再遷都している。藤原種継暗殺に絡んだとされる弟の早良親王を島流しにし死においやったのだが、その後長岡京内で早良天皇の祟りと思われる飢饉、疫病、川の氾濫等が起こったことが契機となっているとのことだ。

■地図と行き方
大極殿公園へは、阪急電車・京都線の西向日駅から徒歩圏内である。その他の遺構も徒歩範囲の近隣にある。
大阪からならば、阪急梅田駅(JR大阪駅隣接)で特急に乗り、長岡天神で普通又は準急に乗り換え、京都方面からは河原町駅、烏丸駅(JR京都駅から地下鉄で2駅)等から普通or準急で行くのが良いだろう。
↓ブログランキングに参加中。クリック頂けると、とても励みになります。↓
にほんブログ村 旅行ブログへ 人気ブログランキングへ
posted by アイナット at 12:28 | Comment(0) | TrackBack(1) | 向日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月11日

長浜鉄道スクエア

2006/9/23の滋賀県長浜市の旅の記録である。


長浜鉄道博物館正面の写真
上の写真は長浜鉄道博物館を正面から見た写真。



旧長浜駅舎が博物館として公開されていた。
この旧長浜駅舎は現存する駅舎の中では最も古い時代のもので、1882年(明治十五年)に建設された貴重な近代建築である。

長浜鉄道博物館の内部写真1
上の写真は長浜鉄道博物館の内部1


長浜鉄道博物館の内部写真2
上の写真は長浜鉄道博物館の内部2



上記の写真が記すように、明治時代の面影を再現する形で、内部も整備されているので、タイムマシンに乗ったかのように古き明治時代の面影に思いを馳せることができるようになっている。

この長浜駅舎および、北陸線電化記念館と長浜鉄道文化館が同じ敷地にあり、総称して、長浜鉄道スクエアとして長浜市の一大観光スポットになっているのだ。

更にはその長浜スクエアの敷地から通りを挟んで反対側にあるのが慶雲館だ。

明治天皇宿泊の慶雲館の部屋
上の写真は明治天皇宿泊の慶雲館の部屋


慶雲館は、明治天皇行在所として建設された建物で、伊藤博文命名ということだ。
実際に1887年(明治二十年)に明治天皇と昭憲皇太后が訪問し、上の写真は当時の部屋および玉座である。

明治天皇来訪時にはなかったものだが、現在はその庭園も国の名勝に指定されるほど美しいものとなっている点も見逃せないだろう。

■地図と行き方
長浜鉄道スクエアと慶雲館は、長浜駅から徒歩三分程度の絶好のロケーションにある。
長浜市を訪問した際には是非訪問して欲しい場所である
↓ブログランキングに参加中。クリック頂けると、とても励みになります。↓
にほんブログ村 旅行ブログへ 人気ブログランキングへ
posted by アイナット at 17:37 | Comment(0) | TrackBack(1) | 長浜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。